【日本の製造業・生産管理の立て直しの課題と改革の方向性】 第二回 現場主義では立ちいかない生産管理の今と今後

●モノづくり主義による思考停止現場主義の限界と弊害

前回に続き、今回も現状の確認が少し続きます。現状を長めに書いているのは、現状の問題点が共有できないと、その対策の意味が理解されないからです。
私が改革の支援に入る際に気をつけるのは、必ず現状確認をすることです。

かつては「現状調査など不要だ。すぐ『あるべき姿』を議論すべきだ」という人が多かったのですが、最近は変わってきました。現状を押さえずに考える「あるべき姿」など絵空事だと言うことに気づいたのでしょう。
現状を知り問題点を共有するのも、現状業務が成り立っている理由と制約を知るのも、スムーズに解決策の議論をするためです。ここを怠ると、認識と危機感に差が出てしまいます。すると現実を踏まえぬ空理空論となり、議論がいつまでも平行線になります。


さて、論を戻しましょう。現場主義を唱え、勤勉で、優秀な人で回していた日本の製造現場は限界が近づいています。ある時期まで、日本の製造業は絶好調でしたが、今は元気がありません。高度経済成長はもう昔の話ですが、少なくともその余波を受けて、バブル期まで絶好調、リーマンショックまではそれなりの存在感がありました。
戦前、戦後の復興期に日本の製造業の革新をすべきメソッドを積極的に導入しました。IE( Industrial Engineering)とQC(Quality Analysis)です。生産性をあげるべく、作業改善と品質改善を行い、日本の製造業は高い効率性と品質を手に入れたのです。


この試みは大成功でした。戦後復興と高度経済成長期の大量生産、大量消費がけん引力になり日本企業は大企業化しました。作れば売れる時代、少品種大量生産、注文をこなすだけで、複雑な管理は不要でした。現場の生産性さえ上げ、モノさえできれば売れたのです。この成功体験によって日本企業は思考停止に陥っていったと思います。管理する必要がなく、ただ、指示を出し、現場をあおれば良かったからです。
いまだに製造現場に行くと改善、改善です。それしか手法を知らないのでしかたありません。しかし、今となっては、製造業のボトルネックはそこではないのです。

●現場改善は大事だが、目で見えることしか考える力が育たなかった

もちろん、改善は大切です。現場は基礎体力とも言えるでしょう。私もIEやQC、OR (Operation Research)を基礎にこの世界に入りましたから、その重要性は良く知っています。
しかし、一方で現場を動かす指示はどうなのでしょうか。作業は標準化、効率化されても、その作業指示にあたる計画の質はどうなのでしょう。計画から作業指示への連携や実績収集は効率的でしょうか。計画予実の対比から将来に適切なアクションがタイムリーにできているのでしょうか。営業や顧客との連携が密で、きちんと納期回答はできるのでしょうか。原価計算が短期間で終わり、即経営陣に報告できるのでしょうか。懸命に行っている現場の生産性向上は、果たして企業競争力に貢献する内容なのでしょうか。システムはまともに使われているのでしょうか。


実は、上にあげたような事柄は、ほとんどの企業がまともにできていません。計画は手作業で質は向上せず、経営陣からの指示は曖昧で現場に判断を任せ、実績収集は手作業で膨大な時間を使う。計画予実はタイムリーに把握できず、目の前のドタバタ対応で終始し、先読みしたリスク対応などできていません。営業と工場は対立し、非難し合います。納期回答などまともにできません。原価計算は一か月近くかかり、月末に先月末の数字を見ている始末です。生産性向上は、単に作業効率が上がっただけで競争力に関係がありません。工場では、システムはほぼ使われていないと思った方が現実に近いと思います。


もちろん、すべての工場がこの惨状ではありません。しかし、直接作業の標準化と効率化に比べ、管理系の仕事はほぼ人力で、人の質と努力に依存し、全体のつながりも弱く、紙と表計算ソフトで人が繋いでいる状態です。そして、管理系の仕事の流れは「目に見えない」ため、結果的に標準化したり、改善したりできていないのです。
つまり、工場は目に見える人の作業だけ頑張って改善している一方で、管理系の業務の標準化と改善の視野が抜け落ちているのです。そのため、管理系の業務は常にドタバタしていて、仕事が部門や個人で分断され、人力作業の集合体になっています。質も、スピードも、コストもコントローラブルなものになっていないのです。


ここでいう管理系業務とは、PDCAの"P"と"C"と"A"=Re Plan="P"になる仕事で、計画業務(P)と実績収集・可視化業務(C)といっていいでしょう。本来の効率化は実行業務である"D"ではなく、計画業務"P"による指示で決まります。いくら現場作業が効率化されていても、非効率な計画・指示では意味がありません。しかし、管理系業務は目に見えないので、きちんと設計されておらず、可視化されていないゆえに、直すこともできないのです。

結果、「計画はどうなっているのだ?ちゃんとしろ」、「実績が出てくるのはなんでこんなに遅いんだ?」、「毎回数字が間違っているじゃないか!」程度の怒鳴ることしかできない、マネジメントと呼べないマネジメントになるのです。あるいは、時間がかかって対策も打てない「結果報告会型言い訳説明」マネジメントになるしかないのです。

●日本の製造マネジメントに関わる課題サマリーと方向性

日本の製造業はきちんと管理系の業務ができていません。業務をきちと作っていないので、生産性は上がらず、スピードも遅く、膨大な間接工数をかけています。したがって、システムもまともに入らず、せいぜいあるのは設備にくっついた計装系のシステムくらいで、あとは個別に分断したシステムが入っているだけです。紙と表計算ソフトで、人がシステム間を繋いで工場は回っています。
まったく、ムリ・ムラ・ムダの塊です。形が見えないので、「目で見る管理」を中心に育った製造業では管理系業務を立て直す術を知らないのです。このような問題点を押さえた上で、課題と方向性を述べていきたいと思います。

① 自然発生的に積み上げ型で作った業務を "系"として業務を可視化して再設計する

工程表はIEやQCのおかげで根付いています。製造工程は可視化されているのです。一方、管理系業務は可視化されていません。どこで、誰が、どんな仕事をして、どう連携しているのかといった全体の業務の流れが描かれていないのです。つまり、管理系業務は設計・可視化されていないのです。


仕事の流れを可視化するためには業務フローで描きます。ただし、ただ絵を描けばいいわけではありません。業務プロセスとシステムと組織の役割分担を一体で設計しなければなりません。
業務の流れを可視化することは非常に重要です。可視化すれば、問題点、改善点が見えるようになり、前後の影響や依存関係も見えます。人の作業とシステムの関連も見えます。組織の役割分担も、会議体のタイミングも見えます。アウトプットがインプットになり、時間に従って組織単位の役割と権限で業務が回るのが見えるのです。


日本の製造業は、今まで自然発生的で属人的な管理業務で営まれてきました。しかし、前回書いたように優秀で質の高い人員の確保は困難で、まもなく限界に直面します。仕事を可視化し、誰がやってもQCDを維持できる業務を設計するために、業務を一連の流れで可視化し、 "系"として再設計すべきなのです。

② 管理系業務をフレームワーク化し、組み立てなおし、統合する

自然発生的に作ってきたために暗黙知化した管理系業務は可視化した上で、業務をきちんと分解して再構成し、フレームワーク化しなければなりません。フレームワーク化とは標準化です。標準化されたフレームワークで、自社工場はどの工場にいっても同じ業務で、同じ管理で回るように設計します。


日本の製造業では工程管理も生産管理も"ごっちゃ"になってしまっています。しかし、その違いは明確です。仕事の役割も、担うべき組織も狙うべき指標も違うのです。したがって、使うべきシステムも機能も違います。
フレームワークがないため、日本の工場にはまともにシステムが入りません。機能定義が不明瞭ですから機能が定まらず、切り分けが曖昧なので統合ができないのです。管理系の業務を階層化して切り分け、フレームワーク化し、再構成する必要があります。

③ オペレーションとマネジメントを識別する

フレームワークのなかでもっとも大きな切り分けは、オペレーションに関わる仕事とマネジメントに関わる仕事を識別することです。工程管理はオペレーションです。資材管理や設備管理、物流管理もオペレーションです。品質管理もオペレーションです。生産管理と原価管理はマネジメントです。

それぞれ、仕事を担う人が違いますし、達成すべき成果も違います。マネジメントは計画し、達成すべき指標を決め、指示の源泉になります。オペレーションはマネジメントからの達成すべき指標と指示を受けて実行を行い、実績を計上します。マネジメントは収集した実績から計画との予実差を見て、手を打ちます。それぞれに適した業務を設計し、適応したシステムを導入します。
これらはあたりまえに聞こえますでしょうか? しかし、こうした識別はきちんとされていません。オペレーションとマネジメントは違うということを識別して、定義し、それぞれを標準化、システム化します。これができれば、どの工場に行っても同じ管理ができるのです。


さて、今回は問題の共有と方向性を書いてみました。次回から工場マネジメントを立て直すための方策として、「生産管理のフレームワークの再構築」から述べたいと思います。

第一回 日本の製造業が直面する問題と新たな潮流 はこちら

第三回 生産管理のフレームワークの再構築 はこちら

【ライタープロフィール】

石川 和幸

経営コンサルタント

早稲田大学政治経済学部政治学科卒、筑波大学大学院経営学修士。能率協会コンサルティング、アンダーセン・コンサルティング(現、アクセンチュア)、日本総合研究所などを経て、サステナビリティ・コンサルティングを設立。専門は、ビジネスモデル構想、SCM構築・導入、ERP構築・導入、アウトソーシング導入、管理指標導入、プロジェクトマネジメントなど。 著書に『図解 SCMのすべてがわかる本』『図解 生産管理のすべてがわかる本』『在庫マネジメントの基本』(以上、日本実業出版社)、『思考のボトルネックを解除しよう!』、『見える化仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『なぜ日本の製造業はもうからないのか』(東洋経済新報社)、『エンジニアが学ぶ物流システムの「知識」と「技術」』(翔泳社)、『アウトソーシングの正しい導入マニュアル』『図解 工場のしくみが面白いほどわかる本』(中経出版)など多数。

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