【日本の製造業・生産管理の立て直しの課題と改革の方向性】 第一回 日本の製造業が直面する問題と新たな潮流
●製造業は生産管理を革新しなければ壁にぶつかるかもしれない
25年ぶりに工場を回っています。工場改革をテーマにした相談が増えてきたからです。この25年間は、主にSCM改革、SCPの導入、ERPの導入を行ってきました。特にSCMはグローバルSCMがテーマになるため、どちらかというと本社HQを中心に業務を構築していました。
最近、あらためて工場を回ると、その実態に驚きます。25年前、30年前と変わっていないのです。もちろん、設備は変わって新しくなりました。しかし、工場の管理の仕方が、まったく変わっていないのです。
小手先の変化はあります。アンドンによる稼働状況の警告、設備制御状況の可視化、製造実績状況の可視化だの、工程管理的な進展はあります。一方で、生産管理の仕組みはまったくといっていいほどできていません。
製造現場は人力で管理されているのです。生産計画は表計算ソフト、製造指示は紙、実績収集は紙に転記、計画との予実対比は表計算ソフトに打ち込んで管理。稼働状況や出来高も紙に記述して、後で表計算ソフトに打ち込んで集計し、別途報告書を作る。在庫管理も紙、部材の発注計算は表計算で行い、元ネタとなる需要量、生産実績、生産計画、在庫実績は別の紙や表計算ソフトから転記して、人間が発注量を計算します。部材の入庫も紙で管理し、あとで表計算ソフトに打ち込みます。ほとんどが表計算ソフトの手作業の山です。
シフト計画も表計算です。人員の勤怠管理も紙、作業実績報告も紙、表計算ソフトに打ち込んで労務費計算をします。原価計算も表計算ソフトです。各種原価情報を表計算ソフトで集計します。
生産管理のシステムが使われている場合でも、生産管理全体を網羅せず、一部だけ使っている状況です。ひどい時には、すべての生産や購買の計画業務が表計算ソフトで行われ、発注書の発行と生産実績、在庫実績の集計だけ行っているといった有様です。単なる業務処理の伝票発行用マシンになっているのです。膨大な人力作業の最後のまとめとして、実績記録のためだけに存在するというレベルです。
これでは、膨大な間接工数を要してしまい、属人化を避けられません。管理の品質、計画の品質、在庫精度、実績データの品質などが人力で支えられていて、改善も困難になります。すべてが人に依存していて、仕組みで業務が管理・統制されていないのです。
多くの工場では、生産管理が網羅的に仕組化されておらず、まともにシステムが入っていません。生産管理と工程管理が混在し、管理の切り分けができておらず、システムも混在する一方で分断もされています。
現場作業者が優秀だからと、改善手法と現場管理場ばかりが教育され、生産管理のフレームワークは教育されていません。自工程の生産性ばかり気にして重箱の隅をつつくようなことばかりしていて、工場全体でパフォーマンスが上がっているかといった検証は疎かです。
さらに、生産全体を統括管理する機能が欠落していることがしばしばで、納期回答がまともにできません。月一回の調整会議という名目の単なる報告会で安心して、問題解決の対策も後手です。現場データと原価情報がかい離し、なにをどうすれば収益が改善するのか、不明瞭なのです。
そうなると、本当に効率的な生産活動がされているのか、ルールに則って、精緻で、コンプライアンスが守られた生産になっているのか、覚束なくなります。現場ベースの人力管理が中心で、まともに管理ができるかどうかは、人の質と人数に依存しているといった状況なのです。
人の"質"や必要な人員"数"が維持できないと、日本の工場は回らず、生産性、品質、納期は維持できません。製造業は、人に依存しすぎているため、大きな壁に直面しているのです。
●製造業を追い詰める3つのトレンド
現場主義を唱え、勤勉で、優秀な人で回していた日本の製造現場はまもなく限界に到達します。なにもしなければ、製造業の生産は次の三つのトレンドにより追い詰められていきます。
① 人口減により、現場主義への依存は困難に
日本は既に人口減少になっています。総務省等の数値によれば2015年の就業人口は6,376万人ですが、2030年には5,561万人に減少する可能性があると推定されています。
実際、地方の工場は人を雇うのが困難になってきています。人が取り合いのため、より給料が高く、仕事が楽な方に人が流れます。きつい作業がある工場に人が集まらなくなっているのです。
私が関わったある工場などでは、きつい立ち仕事、腱鞘炎リスクのある長時間作業、低温での作業といったつらい仕事で、好景気にも関わらず人が採用できません。結果的に、供給問題を起こしていました。
最近視察したいくつかの工場でも、人が高度な判断をして作業をするようになっている場面を多く見ます。作業が曖昧で、指示も明瞭ではなく、作業への熟練と高度な計算能力、タイミングを読む判断力が要求されます。
この状況でミスを犯すと作業者の責任にされます。仕組化を怠って、人のせいにされ、プレッシャーが強くては、せっかくの人がやめていってしまいます。そうなると、次の採用も難しく、昔からいる作業者にどんどんしわ寄せが行ってしまうのです。
仕組化を怠り、現場任せの生産管理といえない管理では、もう立ち行かないのです。人的な能力と勤勉さに依存せず、誰でも製造現場で作業ができるように、また、計画や指示、進捗管理が誰でもできるように、生産管理を仕組化していかなければなりません。
② グローバル対応への遅れ
生産はグローバル化しています。販売も同様です。世界中でモノづくりしている割には、日本の製造業は、各工場の管理を各国任せにしています。生産管理のフレームワークがないので、建設の都度、工場単位で管理方法を積み上げ型で作ります。
結果、各工場がどう運営されているのか、HQである日本の本社や本社工場から見えません。納期遅れが改善しない、在庫を隠していた、おかしな発注をして資金ショートを起こした、などということが突発的に起きても、状況や原因が把握できず、後手に回ります。
グローバルに生産を管理するための標準となるマネジメントのやり方がないからです。可視化もされていません。工程の定義も、生産管理方法も、本社への報告方法も標準化されていないのです。生産マネジメントとしてフレームワークを持った管理手法の標準化が急務です。
③ IoTなどのIT新技術潮流への対応の遅れ
日本企業のITへの対応の遅れは目を覆わんばかりです。日本企業は属人化を暗黙のうちに是としています。業務をきちんと定義しないので、製造作業以外は標準化されず、どこで、だれが、どんな仕事をしているのか、すべきなのか、明確でないのです。そのため、ITがまともに入らないのです。
また、経営陣をはじめとして、マネジメント層がITに無理解で、ITをどう使うのか、どのように入れていくのか明確な指針を持っていません。IoTというコンセプトが登場しても、そのインパクトは理解されず、どのように使うかといった考えもなく「我が社のIoTはどうなっている」レベルの問しかできないのです。
ITは業務プロセスと一体であり、標準化だけでなく、競争力強化の必須の道具です。流行に踊らされず、企業競争力強化のためにどう活用すべきか、実質的な検討と他社に先んじた活用が求められるのです。現場を楽にするなどという些末な視点ではなく、競争力強化の視点でITを捉えなければ、競争に敗れます。
●現場主義では立ちいかない、生産管理を工場マネジメントとして立て直すべし
現場主義は日本の製造業の宝です。しかし、それだけでは、もう日本の製造業は競争力を維持できません。人が減り、グローバル化していく状況に対応できず、ITの導入でも立ち遅れていきます。
生産管理を属人管理から引き離し、仕組化することが急務です。また、現場管理に矮小化された生産管理を生産マネジメントとして再構築しなければなりません。
第二回 現場主義では立ちいかない生産管理の今と今後 はこちら
【ライタープロフィール】
石川 和幸
経営コンサルタント
早稲田大学政治経済学部政治学科卒、筑波大学大学院経営学修士。能率協会コンサルティング、アンダーセン・コンサルティング(現、アクセンチュア)、日本総合研究所などを経て、サステナビリティ・コンサルティングを設立。専門は、ビジネスモデル構想、SCM構築・導入、ERP構築・導入、アウトソーシング導入、管理指標導入、プロジェクトマネジメントなど。 著書に『図解 SCMのすべてがわかる本』『図解 生産管理のすべてがわかる本』『在庫マネジメントの基本』(以上、日本実業出版社)、『思考のボトルネックを解除しよう!』、『見える化仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『なぜ日本の製造業はもうからないのか』(東洋経済新報社)、『エンジニアが学ぶ物流システムの「知識」と「技術」』(翔泳社)、『アウトソーシングの正しい導入マニュアル』『図解 工場のしくみが面白いほどわかる本』(中経出版)など多数。