【日本の製造業・生産管理の立て直しの課題と改革の方向性】 第八回 生産管理と工程管理の分離と生産管理の再構築
●経験主義でフレームワーク思考のないうえに、古いままの日本の製造業
日本人はフレームワーク思考が苦手です。目先の作業ベースで仕事ととらえてしまう傾向があり、マネジメント業務の視野が欠落しがちです。また、昇進する幹部候補もきちんとマネジメントの仕事を教育されることが希薄だったりします。結果、独自の経験だけで物事を判断するようになります。
一時期、経験主義ではまずいと考え、テーラーシステムやIE、QCが導入されましたが、そこで進歩が止まっています。フレームワークを作って、論理的にあるべき仕組みを構想する歩みは止まり、作業改善・工程改善程度に留まったのではないでしょうか。未だMRPさえ、まともに使えていない企業が多くあります。原価計算は表計算の山で、人的に集計することで手一杯です。分析の時間は限られていますし、報告だけで終わる会議が散見されます。
●作業改善、工程改善は必要条件だが、十分条件としての工場収益管理が弱い
もちろん、作業改善・工程改善はモノづくりの基本ですから、インフラとして必須であり、もっとも重要な要素ではあります。しかしそれは、製造業として成り立つための必要条件であって、十分条件ではありません。
製造業として長く永続するためには工場の収益管理が重要です。工場収益管理が工場経営の永続性を担保するための十分条件です。工場収益管理とは、工場の売上(=生産高ではない)と費用が管理され、収益が生み出されているかどうか監視し、計画することです。
少なくとも年間ベースの計画があり、その計画通りに収益をマネージするための売上(=生産計画)、リソース(人員・設備投資)計画、資材購入計画、経費計画が必要です。もちろん、計画だけではだめで、計画に対する実績管理、見込管理をしつつ、収益をコントロールできる仕組みが必要です。
こういうと、予算策定と原価計算と思う人も多いと思いますが、それだけでは不足です。見込を管理する計画ローリング業務、予算と実績の際ではなく、予算と見込の差異を可視化し、予算に近づくように先行的に手を打つことが必要なのです。予実管理では後手になるので、見込の差異に先手を打たねば意味がないのです。
●明確に区別されていない生産管理と工程管理・作業管理の識別
日本で生産管理というと、工程管理・作業管理がイメージされます。工程管理・作業管理の重要な指標は、出来高、生産進捗、工数、生産性、品質です。指示通りのモノが、指示した数量と納期で、標準の人員で、標準時間通りに、標準通りの歩留まりで製造されたかどうかが重要です。こうした管理はProduction Controlとして日本に紹介され、この言葉が生産管理と訳されたのです。
日本語の管理というのは曖昧な言葉です。統制を意味するControlを管理と訳したため、生産管理は目標や標準といった"ターゲット"の達成管理として認識されたのです。決められたターゲット通りの結果を出すことが工程管理・作業管理の意義です。主にトラッキングされるのはターゲットに対する実績です。ターゲットに届かない場合は、改善が行われるのです。
それでは、そのターゲット自体を設定し、予実と見込をトラッキングして先手を打ちつつ、必要な時にはターゲットを再設定する業務はどうでしょう。改善活動と同等に、仕事の仕方が明確で、工場あげて活動されているのでしょうか。
予算をベースに必要な人員計画を行い、設備投資計画を行い、資材購入計画を立案し、必要なヒト・設備・モノを揃えます。明確な枠組みを誰もが理解し、予算の達成状況と見込を明確にし、見込によって打つべき手として、人員の増減、設備休止・増設、資材購入の可否を判断しているでしょうか。
生産マネジメントは、工場経営そのものです。しかし、この領域は、曖昧なまま生産管理という言葉に包含されています。明確な枠組みがなく、一部の間接人員が担うだけで、可視化もされていなければ、業務の定義や設計自体がされていないことがざらです。引継ぎ者は一子相伝化のように見様見真似で先人のやり方を学び、属人的に業務が遂行されているのです。
下手をすると、工程管理・作業管理を支援するための付属業務のように見られている場合もあり、明確な業務定義がされていません。改善活動は活発ですが、工場経営がぜい弱になりつつあるという危機感を私は抱いています。
●生産マネジメントはリソース管理であり、資材管理であり、工場経営である
生産マネジメント(Production Management:広義の生産管理)と工程管理(Production Control:狭義の生産管理)は明確に識別します。生産管理は生産マネジメントと工程管理に分離して定義すべきです。今回は生産マネジメントをについて定義しましょう。
「生産マネジメントとは、工場の収益性を最大化し、永続的に儲け続けることを目的に行われる、リソース(人員、設備)と資材に関する計画と実績、見込を統合的に作成、準備する意思決定に関わる業務である」
生産マネジメントは計画であり、企図です。計画に基づく、リソース管理であり、資材管理です。結果は原価計算によって集計され、工場売上に対して原価計上され、収益が上がったかどうかトラッキングします。この結果は製品原価に集計され、製造業の粗利の元になります。
生産マネジメントの構成要素は基準生産計画、能力計画、資材所要量(計画)計算、原価計算です。
●基準生産計画と能力計画
基準生産計画は工場の生産高を計画し、基準となる生産数量を決めることです。営業組織との販売計画や仕販在計画・生販在計画を調整し、工場生産計画としての基準生産計画を決める場合もあれば、顧客の購入計画・生産計画や内示を取り込んで計画する場合もあります。通常は月のバケット数になり、この基準生産計画をベースに能力計画(=キャパシティ計画)を実施します。
能力計画は今後の生産能力をどれくらい持つべきかを計画するものです。能力は、人員数・シフト計画、設備能力が主ですが、生産制約としてパレットや台車、金型などの治工具、輸送能力、倉庫キャパシティなどが制約になる場合は、こうした補助的なリソースの計画も行います。
リソース計画は労務費や設備償却費、投資費用になるため、数量の生産高、工数、人数といった数量計画だけでは不十分で、金額換算の上、工場収益への影響を把握します。
もちろん、人員数やシフト時間、機械あたりの生産高の計画でもかまいません。ないよりはましですし、きっと行っているでしょう。
しかし、数量計画だけでは、原価への影響が曖昧ですし、下手をすると赤字に陥っている可能性もあります。金額への変換、原価への影響と工場収益へのインパクトを計画的に把握したうえで、意思決定することが必須です。
●資材所要量計算:MRPと製番管理の違い
資材の所要量を計画=計算することも生産マネジメントとして重要です。何を、どこから、どれくらい、いつ仕入れるかによって、原価に積算される資材のコストが決まりますし、在庫はキャッシュフローに影響します。
また、調達に制約がある資材は、サプライヤーとの契約や合意が必要になる場合があり、その際はリスクを負って事前内示を出したり、枠取り合意をしたり、先行発注をしたりと、経営に影響する意思決定が必要です。陳腐化リスク、使用期限制約による廃棄リスクを抱えて、在庫や収益への影響が生じますから、意思決定が必要です。
資材所要量計画=計算は直近であれば、資材購入に直結します。資材所要量を算出する方法として、一般にはMRP方式と日本で従来行われてきた製番管理があります。
MRPは構成品目に上位からの紐つけがなく、生産計画に基づく生産オーダーによる構成品目の使用制限がありません。今ある在庫は、どの生産計画で引き当てて使ってもかまわないのです。
一方、製番管理の在庫は生産計画に基づく製造番号に紐づいた管理が行われます。その資材準備のために採番された製造番号以外の生産計画で使うことができません。
仕組みとしては2種類あり、それぞれの管理形態にあった業務の定義とシステムの選択が必要になります。生産管理システムにはMRPしかできず生番管理ができないものもあります。
●計算集計するだけない、差異分析や収益見込を把握する原価計算
計画通りの生産が行われ、狙い通りにリソースが投入され、資材が買われて使われたかどうかを金額ベースで積算するのが原価計算です。数量や時間だけでなく、金額で把握しなかればなりません。
仮に、納期通りにモノができても、残業や外部委託によるコストアップがあれば、原価が高くなります。工数差異や賃率差異を可視化しなければなりません。部材が高騰していれば、購入単価の差異を把握します。また、生産性の悪化や工場の稼働停止があるなどの操業度差異も原価に影響を与えます。
工程管理上のモノや時間の指標だけでは不十分なのは、こうした金額換算した影響が可視化しにくい点です。この後、原価を悪化させても人員を雇ったり、外注に出したりしながら生産高を維持するのか、生産高を落として調整するのかといった工場収益に関連する意思決定が必要になります。あるいは、購入単価が高騰していく時の収益性へのインパクトを把握しながら、他のコストダウン施策で高騰したコストを相殺できるのか、無理なのかといったことも把握して意思決定しないと、工場の収益がマネージできなくなります。
そのベースはリソース計画であり、設備投資計画であり、資材所要量計画なのです。通常、こうしたマネージ業務にぴったりしたシステムはありません。PSI計画やMRPなどを活用しながら、付加的に機能を作り込むか、表計算やBI(Business Intelligence:可視化システム)に逃がすかしてシステムを組み上げます。
正しいシステムの選択のためにも、生産マネジメントの業務を可視化し、標準化し、定義しておかねばなりません。直接業務は作業標準などが作られていますが、こうした間接業務はほとんど作られていません。きちんと業務フローを描き、業務ルールを設計しておかなければ可視化しませんし、伝達・教育することができません。また、必要なシステム要件も切り出せません。
マネジメント業務でも、可視化し設計することは問題なくできます。当然、会議体も定義しますし、組織機能も定義します。システム導入に視野が奪われると、会議体定義や組織設計が欠落します。しかし、会議体定義や組織設計を取り落としてシステム導入しても、業務はまともに動きません。意思決定と権限に関連する機能の定義が同時に必要なのです。
システムは、業務プロセスと組織機能設計と会議体による意思決定の機能の明確化がセットになって、はじめて革新的な役割を演じるのです。業務を変えないシステムは、単なる作業効率化であって、経営にインパクトはありません。
●生産マネジメントのKPIは工場収益と製造原価であり、QCDは下位KPI
最後に、生産マネジメントの管理指標(KPI)を定義しましょう。生産マネジメントのKPIは工場売上、または生産高金額と工場利益、在庫です。工場利益を生み出す費目は原価ですから、原価計算上管理される費目もKPIとします。たとえば、人件費、資材費、経費、さらにそれぞれの細目です。また、在庫などの資産もKPI化します。
こうした生産マネジメント上のKPIはMRPが同梱されているERPで、原価計算でコストを積算しながら収集し、必要に応じてBIや表計算ソフトにデータを渡して可視化します。ERPだけでは可視性に限界があり、予算計画対比や多年比較などの「見たいメッシュ」での可視化が機能的に無理なケースもあるため、ERP-BIの適正な選択が必要になります。
カネに換算したKPIだけでなく、金額換算前の活動指標としての数量や時間、比率などの下位指標も、カネのKPIに影響する"先行指標"として定義します。QCDに関わる指標です。たとえば、操業度や歩留まり、直行率、廃棄数量、納期遵守や計画遵守、良品稼働率、従業員数、シフト数などです。
下位のKPIは工程管理・作業管理で収集されるKPIですが、重要な指標は生産マネジメントでも把握します。下位のKPIは工程管理システムから収集されます。次回は工程管理・作業管理という狭義の生産管理に触れましょう。
【ライタープロフィール】
石川 和幸
経営コンサルタント
早稲田大学政治経済学部政治学科卒、筑波大学大学院経営学修士。能率協会コンサルティング、アンダーセン・コンサルティング(現、アクセンチュア)、日本総合研究所などを経て、サステナビリティ・コンサルティングを設立。専門は、ビジネスモデル構想、SCM構築・導入、ERP構築・導入、アウトソーシング導入、管理指標導入、プロジェクトマネジメントなど。 著書に『図解 SCMのすべてがわかる本』『図解 生産管理のすべてがわかる本』『在庫マネジメントの基本』(以上、日本実業出版社)、『思考のボトルネックを解除しよう!』、『見える化仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『なぜ日本の製造業はもうからないのか』(東洋経済新報社)、『エンジニアが学ぶ物流システムの「知識」と「技術」』(翔泳社)、『アウトソーシングの正しい導入マニュアル』『図解 工場のしくみが面白いほどわかる本』(中経出版)など多数。