製造業DXの羅針盤:2025年の「崖」の現在地と生成AI時代に本当に必要な力
2021年のコラムで、私たちは基幹システム(レガシーシステム)の老朽化が引き起こす「2025年の崖」について警鐘を鳴らしました。
2021年02月18日付コラム:製造業におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の進捗度合いは? DX推進が二極化している原因とは
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当時の予測は、「このままでは2025年以降、年間最大12兆円もの経済損失が発生する可能性がある」というものでした。この「崖」とは、単にシステムが古くなることではなく、市場の変化に対応できず、成長の機会を逃すという、企業の存続に関わる危機を指していました。そして今、私たちはまさにその危機の真っ只中にあります。この数年間のDXの取り組みからは、二つの厳しい現実と、二つの新しいチャンスが見えてきました。
1. 2025年の崖の現実:見過ごされた「組織の足かせ」
2021年当時、私たちは古いシステムそのものに注目していましたが、今、DXの最大の障害はシステムではなく、「組織と人の問題」だとわかっています。
経営層の「目的」が曖昧
多くの経営者がDXの必要性を理解しながらも、「具体的に何をしたいのか」「どの分野で収益を伸ばしたいのか」という明確なビジョンを示せていませんでした。
「形だけのデジタル化」の罠
ビジョンがないまま進めると、「紙の書類を電子化しただけ」「ハンコをなくしただけ」といった、業務プロセスを変えないデジタル化に終わってしまいます。 また、現場の長年の慣習やプロセスを変えようとしない抵抗感も根強く、本質的な変革が進まない原因となっています。
これらの「組織の足かせ」が、システムを新しくしても結局は同じ非効率な仕事のやり方を続けてしまうという、最悪の状況を生んでいます。
もちろん、ITの進展や他社動向から、自社の遅れを自覚し、問題意識を強く持つ企業も多数あります。 組織が力となり、問題解決を加速させている企業は、ここ2~3年で崖から遠ざかっています。
2. 予算の常識が変わった:クラウドの「無駄遣い」を止める
崖を乗り越えるには、「守りのIT予算」を「攻めのIT投資」に振り向けることが必須です。従来、IT予算の約8割は古いシステムの維持・保守に使われていました。クラウドサービスへの移行は、この維持費を劇的に下げる大きなチャンスです。しかし、移行が進んだことで、新たな課題も生まれています。
新しい「無駄」の発生
クラウドは便利な反面、使い方を最適化しないと、平均で28%もの費用が無駄になっているという調査結果があります。
攻めへの資金確保
この無駄を徹底的に削減し、システムの利用状況を継続的にチェックする管理手法を組織に組み込むことが、今やDX成功の鍵となりました。
無駄を省くことで、硬直していた予算を、新しい技術やサービス開発といった「攻めの投資」に回すことができるようになります。
3. 人材に求められる力の転換:AI時代の新しい「強み」
「2025年までにIT人材が約43万人不足する」という課題は継続しています。 しかし、生成AI(ChatGPTのような賢いアシスタント)の登場により、求められるスキルが劇的に変わりました。
AIが肩代わりする領域
プログラムの作成や定型的なデータ分析など、知識や技術的な実行力の一部はAIが補ってくれるようになりました。
人間が担うべき領域
その結果、企業に本当に必要なのは、「何のためにAIを使うべきか」を判断する力です。
具体的には、「自社の課題解決のために、どんな問いを立てるか」という問いを立てる力や、AIが出してきた複数の選択肢の中から「どれが最も効果的か」を評価し、選択する力です。
ベテランの業務知識が武器に
この新しい力は、外部の先端技術者だけでなく、長年、基幹システムの保守・運用に携わり、業務を深く理解している社内のベテラン人材こそが発揮できます。 彼らの持つ業務知識は、AIに適切な「問い」を与えるための最も貴重な資産です。
古いシステムの保守から、クラウドやAIを推進する「攻めの人材」へとリスキリング(新しいスキル習得)を通じて再配置することが、人材不足解消の鍵となります。
DXを成功に導くための最終提言
2025年の崖を乗り越え、生成AI時代に勝ち残るため、次の二点を経営戦略に掲げたいと思います。
1. 無駄を断ち切り、予算を攻めに解放する
サービスの利用コストが適切か常に見直し、無駄な支出を徹底して削減することで、「攻めの投資」の原資を確保します。
2. 人材の再定義と投資
「形だけのデジタル化」を止め、経営層が明確なビジョンを示すこと。 さらに、長年現場を支えてきたベテラン社員に新しい技術を学ぶ機会を与え、彼らを「問いを立てる力」を持つ戦略的なDX推進者へと転換させます。
DXは古いシステムを捨てることではなく、組織の仕組みと働く人の役割をアップデートすることです。 この変革こそが、企業の持続的な成長を約束すると考えます。