【日本の製造業・生産管理の立て直しの課題と改革の方向性】 第十回 IoTを活用したフィードバック先の分離

●IoTとは何か

IoTはInternet of Thingsの略で、「モノのインターネット化」といった訳が一般化しています。よくわからない日本語訳ですが、要するに今まで電子データの元ネタ(ソース)がどちらかというと人的に作りだされていたところを、センサーや設備などから直接取れるようにして、モノに付随するデータをインターネット上で活用できるようにする、ということです。
インターネットという言葉が使われていますが、なにもインターネットにこだわる必要はないのです。クローズなデータとして企業クラウドにデータを蓄積し、使えるようにすることも含まれます。インターネットの技術を活用し、プライベートクラウド上でモノに関わるデータを使えるようにすることができる、というコンセプトです。


製造業でさかんに言われているIndustry4.0などは、このコンセプトを言っているといってもかまわないでしょう。マシン同士をつないで相互制御させる、センサーからデータをとって適切なアクションをITアプリケーションを介してさせる。基幹システムから正しい指示を設備制御盤まで落とし、人手は介さずに制御させるなどのことが可能になる、との触れ込みです。
実際、今多くの製造業では、「IoTを活用せよ」という曖昧な大号令が経営陣からかかり、ムダな活動をしています。流行や誰かが作ったセールストークに飛びついて、ツールベースやコンセプトベースで物事を進めては失敗するという、いつもの悪い癖が出ています。
現在でも、IoTだけでなく、ビッグデータ、AIで多くの企業が踊っていますが、まともな成果を生む会社は少ないことでしょう。

そもそもIoTを唱える前に、マネジメントしたい対象や方法があって、その支援の道具としてIoTがあるのです。やりたいことが不明確で、道具だけの話をすると、本末転倒な活動になってしまいます。


●3M:Man、Machine、Materialの管理

IoTは、所詮モノに付随するデータですから、手で測定していたデータがシステム化して楽に取れるといった程度です。もちろん、人的には取りたくても取れなかったデータが取れるようになることで対応のレベルが劇的にあがる可能性があります。しかし、それは可能性であって、そもそもそのデータを取ることに意味があるのかどうか考えないといけませんし、そのデータを取るという仮説は正しいのかどうか、厳密に検証しておく必要があります。
たとえば、私の知るケースでは、設備の音や温度を測定して異常を察知し、事前保全を可能にしようというものがありました。しかし、このケースは長く検討されて、実際にセンサーをつけて測定したものの、故障の因果関係や発生部位の特定までは到達することができず、結果的に試行だけで終わりました。そもそも仮説が曖昧でしたし、因果関係と相関関係を混同していたため、有効な分析データにならなかったのです。
とはいえ、センサーや設備制御盤から直接データが取れるようになれば、人的な採取・測定に比べて劇的に生産性はあがります。精度も高くなり、短サイクル化も実現します。取れなかったデータが取れるようになれば制御の品質は劇的にあがるでしょう。
センサーや設備制御盤から取りたいデータは、3M:Man、Machine、MaterialのうちのMachine、Material関連でしょう。Machine:設備の稼働状況として、稼働、Go-Stop、トルク、温度、スピード、などです。

Material:設備におけるモノに関しては、投入数量、出来高、廃棄高、検査排除品数量、重量、流量、表面温度、金属混入の有無、印刷や封入のズレ、などでしょう。こうしたデータが取得できれば、即対応を設備に行わせることで、製造の自動制御ができるようになりますし、後の分析の精度も上がっていきます。
Man:人の作業性などに関しては、直接作業の状況を測定することがあるでしょう。この場合は、目的によって多様な形態になるので、検討が必要です。作業効率を計るなら、出来高などを取れば良いでしょうし、品質なら良品・仕損数量を測定します。
稼働状況を取りたいなら、作業開始・終了を取ります。設備や作業場所に一意に紐つかない作業での稼働をみるためには、エリアへの入退室や滞在を取ることで、その職場で働いたという前提で測定するなどの前提条件や仮説想定が必要です。


こうしたデータの取り方は、主に制御、統制に関する使い方に関わる部分ですので、考えやすい面がありますが、Manのこころで書いたように、ある一定期間のデータを集約してパフォーマンス測定するような場合は、データが即使えない可能性があり、どのような前提・仮説をもってデータ収取・蓄積を行うのかをよくよく考えておかないといけません。
実際、私の知る例では、RFIDを導入したものの結局トレーに乗せるだけで、特定作業者が何トレー作業したのかを測定することしかできませんでした。トレーサビリティのために活用できる状態ではなく、品質や出来高も測定できません。単なるトレー数をカウントする仕組みになっていました。道具先行で先走った悪い例です。
そもそもの目的、目的に沿った仕組みの選択が必要なのであって、道具が先ではないのです。



●現場作業管理の可視化と対応の順序

また、別なケースでは、納期遵守が悪い職場の作業性を監視するためのカメラを入れた例もありました。こちらは単なる監視の道具にしかならず、役に立ちませんでした。
納期遵守が悪いのは、計画が悪いのか、調達に問題があるのか、資材管理が悪いのか、作業設計が悪いのか、作業者熟度が悪いのか、なんの調査も仮説もなかったのです。もし計画が悪く、その原因が作業標準時間設定が間違っていて、作れないリードタイムで指示が出ているといったことなら、表示時間やリードタイムを適正にし、計画立案・指示の方法を直すべきです。また、もし、資材管理が悪く、現場投入が非効率で手待ちが発生しているなら、そちらを直すべきです。
現場の作業管理をIoTでするなら、出来高や品質などの従来の工程管理上のデータは取れますから、進めればいいでしょう。しかし、計画や標準時間、部材出庫・投入の整流化、作業設計などの瑕疵は、IoTで現場作業管理をする以前の話です。原因を潰すのが先です。改善をするのが先である状況に対し、先に道具を入れてはいけないケースが散見されます。


●生産マネジメントと生産統制のための管理指標と可視化

本コラムでは、生産マネジメントと生産統制は峻別すべきとの論考を何度もあげています。なぜならば見るべき視点が違うからで、それに関連したアクションが違うからです。
生産マネジメントの視点は、原価や収益であり、計画に対する実績と見込の把握、将来リスクの可視化が重要です。また、原価や収益は、工場全体、製品グループ別、職場別、製品別、ライン・設備別、あるいはそれらの組み合わせでの分析になり、全体から細部にわたって深掘りできるデータ分析が必要です。その情報ソースがIoTやMESからのデータになります。
原価を結果指標とするならば、その先行指標である、稼働率、良品率、直行率、在庫日数などのモノに関わる指標です。


生産マネジメントとしては、モノの情報だけでは不十分で、かならず金額への変換をします。たとえば、在庫日数が異常に悪い資材が残存し、問題になったとします。例えば、平均在庫日数が20日のころ、その資材が80日ぶんだったとします。数量ベースでは平均からの大きな乖離ですが、資材の単価が安ければ、金額換算するとたいしたインパクトがない場合があります。
こうした場合は、放置してもいいかもしれませんし、いちいちマネジメントにあげず、現場管理職レベルで処理してもいいでしょう。モノのデータだけでなく、カネに変換して、モノ・カネあわせて評価すると、重要性を確認できていくでしょう。


生産統制上のデータは、過去にも多く語られているので、あえてここでは詳細に取りあげません。例を挙げると生産計画・進捗の対比、設備稼働率、良品率、その合算である良品稼働率、直行率、在庫日数や在庫率などです。もっとあるでしょう。
設備制御や人的な設備調整のためのデータもあります。回転異常、回転トルク、温度、湿度、水分量、異物含有量などです。最近では数量データだけでなく、画像診断も有効になっています。目視で行っていた排除やサンプリング結果でロットアウトしていたものも、異常排除によって特性単品だけ排除することもできます。もちろん、品質方針上ロットアウトを行うでもいいでしょう。指図ナンバーと連動させてトレーサビリティのためのデータ管理のレベルも上がることでしょう。


●AIやビッグデータの限界、データサイエンティストの質

AIやビッグデータはIoTよりも早くコンセプトが紹介されました。その将来性・可能性は高いものの、万能の道具ではありません。AIやビッグデータに対して投げ込まれるデータがゴミのようなデータであれば、まともに動かないでしょう。


AIでは自己学習型のディープラーニングが喧伝されていますが、仮説のない中で無意味なデータを集めてもまともなアルゴリズムはできませんし、それ以前に辞書型のAIを人間が作った方が簡易で安く、そして早いケースもあるでしょう。ムリに高いAIエンジンを選ぶ必要がないこともあります。人間の仮説構築の力、モデル化・辞書化の力が問われるでしょう。
ビッグデータも、データさえ入れれば「瓢箪から駒」が出るわけではありません。その前にモデル構築が必要です。モデルが決まれば、必要なデータを収集し、モデルに投入するデータのクレンジングが必要です。結果を分析する以前のモデル準備、データ整理の点でもデータサイエンティストの質が問われます。


●工場現場フロアのIT標準化の課題


こうしたコンセプトベースのソリューションを導入する前に、工場にはもう一つ乗り越えなければならない課題があります。それが、工場現場フロアのIT標準化の課題です。
工場は独自の設備を入れ、制御盤も独自、センサーもいろいろ、PLCは違うメーカーがいくつも入り、かつ、それぞれの設備の通信プロトコルが相違し、相互接続が困難ということもざらです。それぞれの仕組みをつなぐために莫大なI/F開発がかかる場合があります。


そうした設備にお金がかけられないので、結局人間がデータを収集し、次のシステムに変換・手入力といった状況も普通です。設備は自動化されても、島宇宙のように設備や制御盤、PLCが孤立して存在し、その間を、貴重な資源である人間が繋ぐといった状況は、工場フロアのIT化を進める過程で払拭しなければなりません。
また、よく散見されますが、工場が変われば独自でITインフラが違う、同じ工場でもラインや職場が変わればインフラが違う、といった状態ではIoTもなにもありません。そういう意味でIndustory4.0が通信プロトコルの標準化、デファクト化を狙うのも頷けます。


日本の工場は、とにかく、モノづくりなどといった情緒的なことばでいつまでも人任せの管理を放置せずに、会社として工場のITインフラを標準化し、通信プロトコル、センサー、PLC、MES、MRP(ERP) などのアプリケーションも標準化、統合化すべきなのです。
そのための体制も強化しなければなりません。こうしたことができないのに、「IoTだ。AIだ、ビッグデータだ」などと、道具にばかり飛びつくのは、あまり良い結果を生まないと私は思います。

第九回 工程管理、製造管理、品質管理は生産管理と切り分ける はこちら

【ライタープロフィール】

石川 和幸

経営コンサルタント

早稲田大学政治経済学部政治学科卒、筑波大学大学院経営学修士。能率協会コンサルティング、アンダーセン・コンサルティング(現、アクセンチュア)、日本総合研究所などを経て、サステナビリティ・コンサルティングを設立。専門は、ビジネスモデル構想、SCM構築・導入、ERP構築・導入、アウトソーシング導入、管理指標導入、プロジェクトマネジメントなど。 著書に『図解 SCMのすべてがわかる本』『図解 生産管理のすべてがわかる本』『在庫マネジメントの基本』(以上、日本実業出版社)、『思考のボトルネックを解除しよう!』、『見える化仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『なぜ日本の製造業はもうからないのか』(東洋経済新報社)、『エンジニアが学ぶ物流システムの「知識」と「技術」』(翔泳社)、『アウトソーシングの正しい導入マニュアル』『図解 工場のしくみが面白いほどわかる本』(中経出版)など多数。

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