『2026年版ものづくり白書』から読み解く ~物価高・人材不足を乗り越える「全体最適」のデータ経営とDXの勝ち筋~ マニュファクチャリングチェーン・製造AXとは何か?

『2026年版ものづくり白書』の背景と日本の現在地

 このコラムで何度も取り上げてきた「ものづくり白書」は、2026年版が5月29日発表され、今年で26回目を迎えました。
経済産業省、厚生労働省、文部科学省の3省が連名で作成するこの白書は、我が国の製造業が直面する課題と政府の取組を映し出す極めて重要な指標です。

 近年の日本の製造業を取り巻く環境は、不確実性を一段と増しています。
足元では「原材料価格やエネルギー価格の高騰」が長期化し、実に約8割の事業者が価格転嫁(販売先への値上げ要請など)や、従業員への還元としての賃上げといった防衛的な企業行動を余儀なくされています。さらにマクロ視点における最大の障壁となっているのが、深刻な「人材・労働力不足」です。中小企業における従業員数過不足DIを見てもコロナ前の深刻な不足水準に戻っており、能力開発や人材育成における問題点として、6割以上の事業者が「指導する人材の不足」を挙げています。

 これに伴い、我が国の名目労働生産性は、米国やドイツなどの主要国と比較して依然として低水準にとどまっているという、中長期的な構造的課題が改めて浮き彫りになりました。白書では、有形・無形固定資産への投資に積極的で労働生産性が高い企業ほど、賃上げ率も高い傾向にあることがデータで示めされています。つまり、中長期的な持続的成長を果たし、適切な賃上げを継続するためには、これまでのやり方に固執せず、積極的な成長投資を通じて収益力を高め、生産性を劇的に向上させることが不可欠な局面という事です。

マニュファクチャリングチェーンにおける「データ利活用」の実態

 白書第4章第3節では、製造業の競争力強化に向けた具体的な処方箋として、一連の製造プロセスを「マニュファクチャリングチェーン」という概念で再定義しています。これは、設計・開発から生産準備を担う「エンジニアリングチェーン」、材料調達から納品までを管理する「サプライチェーン」、工場の製造現場に特化した「プロダクションチェーン」、そして顧客接点やアフターサービスを担う「サービスチェーン」の4つのプロセスから構成される全体プロセスを指します。音楽で例えると、「楽譜(設計)」「ミュージシャンや楽器の調達」と「合奏(製造)」「観客への演奏届けと反響(サービス)」が、データという指揮者によって完全に調和し、一つの美しい交響曲(全体最適)を奏でるプロのオーケストラのようなイメージです。

 しかし、このマニュファクチャリングチェーンにおける日本のデータ利活用の実態を見ると、「理想と現実のギャップ」が顕著に現れています。調査によれば、何らかの目的でデータを「取得」している事業者は7割弱にのぼるものの、それを実際に「活用」しているのは約5割、さらに活用によって具体的な「効果」を創出できている企業は約4割へと減少していきます。

 目的別に見ると、サプライチェーンにおける「生産計画・調達・在庫管理の負荷軽減や効率化」では3割以上の企業がデータを取得・活用し一定の効果を得ていますが、日本の製造業の強みであるはずの「ベテランのノウハウの見える化(暗黙知の形式知化)」は、7割弱の企業が「形式知化の方法や知識・経験の言語化が難しい」と回答しており、足踏み状態が続いています。

 何より深刻なのは、各チェーンの内部でのみデータが閉じており、チェーン「間」での横断的なデータ連携を行っている企業が1割超から2割弱に過ぎないという事実です。プロセス全体を網羅してデータ連携を実施できている企業はわずか3%弱にとどまります。さらに、企業間や業界横断的なデータ連携の実施状況に目を向けると、「実施している」と答えた企業はサプライチェーン内で16.4%、業界横断にいたってはわずか3.2%と、2年前の調査からほぼ進展が見られません。多くの現場でデータが分断された「サイロ化」が起きており、全体最適化の大きな足かせとなっています。

白書が強く訴求するメッセージと解決の方向性

 こうした停滞を打ち破るために、白書は「局所最適な改善」からの脱却を強く訴求しています。
デジタル技術の活用は目的そのものではなく、自社の経営課題を解決するための手段という事です。

 ここで重要になるのが、企業規模による「デジタル技術活用戦略(事業計画)」の策定格差です。
大企業では半数以上が既に戦略を策定または策定中であるのに対し、中小企業では「策定しておらず、予定もない」という回答が55.0%と過半数を占めます。
また、戦略を主導する部門についても、大企業は「IT・システム部門」が78.6%を占めるのに対し、中小企業では「最高経営責任者(CEO)、社長」が53.5%とトップに立ち、リソースの偏りが浮き彫りになっています。

 戦略を進めていない企業ほど「意思決定に必要な情報や知識が不足している」という課題を抱えがちですが、データは「社内横断組織や経営企画部門」が主導して策定した戦略ほど、想定通りの成果創出に結びつきやすいことを示しています。
白書内の事例企業では、基幹システムの刷新を「即納体制強化に向けた物流改革」という喫緊の経営課題に紐付けることで、16ヶ月におよぶ徹底的なRFP(提案依頼書)の作り込みを行い、最適なベンダーとの共創に成功しています。局所的なIT導入ではなく、経営ビジョンと連動した「組織変革としてのDX」こそが成功の要諦と挙げています。

 また、国としても大胆なマクロ戦略でこれを後押しする方針が示されています。その中核となるのが「AIロボティクス戦略」と「製造AX拠点」構想です。

 激変するフィジカルAI時代の到来を見据え、政府は2026年3月に「AIロボティクス戦略」を取りまとめました。これは、日本の強みである高品質な現場データと実装・運用ノウハウを核とし、AIとロボットが一体となったシステムをいち早く社会実装することで、世界シェア3割超の獲得、2040年に20兆円の市場規模を目指す戦略的な取組です。

 さらに経済産業省が推進する「製造AX(AIトランフォーメーション)拠点」構想では、センサー等を活用して複数工場の既存装置から加工・稼働データを集約し、メーカーの垣根を越えた大規模な「製造データベース」を構築します。ここに最新のAIモデルを実装した国産製造プラットフォームを開発・提供することで、自社単独では推進人材や資金を確保しにくい中小企業であっても、共同利用型プラットフォームを介して高度な生産性向上や設備予兆管理の恩恵を享受できる環境整備が進められています。

物価高・半導体需要の環境下における製造業DXの今後の展望

 製造業のDXは「ゆとりがあれば取り組むべきもの」ではなく、「生き残るために今すぐ投資すべき必然」へと変化しています。短期的なコスト増や投資回収期間の長さに目を奪われ、自律的で強靭なサプライチェーンの構築を躊躇しては、中長期的な損失を拡大させます。幸いにも政府は、全ての業種を対象に機械装置やソフトウェア等の高付加価値投資を後押しする「大胆な投資促進税制(特定生産性向上設備等投資促進税制)」による即時償却や税額控除などのインセンティブを整備しており、こうした公的支援策を賢く活用しながら経営マインドを切り替える事も一案です。

 今後の製造業の明確な勝ち筋は、急速に進化する生成AIやマルチモーダルなフィジカルAIを味方につけ、これまで現場に分断・散在していた多種多様なデータを繋ぎ合わせ、マニュファクチャリングチェーン全体の「全体最適」を達成することではないでしょうか。


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