【日本の製造業・生産管理の立て直しの課題と改革の方向性】 第六回 生産マネジメントとしての生産管理のフレームワーク化

●日本の生産管理の枠組みはProduction Control=工程管理

日本は製造業が強い国とされています。現場の力が強く、勤勉で緻密な作業が得意であり、モラルの高い作業者がそれを支えています。日本の製造現場は5Sや小集団活動が盛んで、現場の整理整頓と継続的な改善が繰り返されています。
品質管理を主軸にしたQC(Quality Management)、生産性向上を目指したIE(Industrial Engineering)が根付いています。管理の指標はQCD(Quality、Cost、Delivery)で品質・コスト・納期遵守を大事にします。
狙った品質、狙ったコスト、狙った納期通りにモノづくりができるように徹底して改善をし、作業設計をして統制をしていきます。まさにProduction Control=工程管理です。


戦前のIE導入、戦後は米国に追い付け追いつけとQC導入を行い、製造現場は高い生産性を手にいれました。
しかし、工程管理だけではモノは作れません。原材料を適切に準備し、人や設備といったリソース=製造資源を準備し、適切な計画を立案しなければならないのです。なぜなら、「必要な時に、必要なモノを、必要な場所に、必要な量で」届けなければ製造に掛かれませんし、作ろうにも設備が空いていないとか、人がいないとかでは作れません。
また、原材料などの外部購入品は調達に時間(調達リードタイム)がかかりますから、製造に先行して発注しなければなりません。適切に人を用意するのも、計画的に準備しなければなりません。つまり、計画を適切に立案し、計画的に原材料やリソースを準備し、調達リードタイムや製造のリードタイムを勘案して適切なタイミングで指示をかけなければならないのです。
こうした計画的な資材準備やリソース準備、納期を守るための計画は、Production Control=工程管理ではなく、まさにProduction Management=生産管理なのです。
しかし、日本の製造業は現場主体のProduction Control=工程管理に過度に偏っているため、計画業務や資材所要量計算(MRP: Material Requirement Plan)などの知識や枠組みが弱く、計画業務が属人化し、表計算での実施になっています。そのため、改善も改革もできないブラックボックス化してしまっているのです。
21世紀になって20年が経とうとしている今になっても、工場の運営上最も重要なはずのProduction Management=生産管理はおざなりのままで、ひたすらProduction Control=工程管理を推進しているのです。工場のマネジメントも計画の重要性にあまり配慮をせず、作業の結果やQCDばかりに目を奪われています。


なぜ、私がProduction Management=生産管理の軽視を危惧するか、簡単な例をあげましょう。質問します。

(問)指示通りに、狙った生産性で作り続けている工場があるとします。果たして、この工場は儲かっているでしょうか?儲かってないでしょうか?
(答)わからない。

なぜなら、適正な生産計画が立案されているかどうかわからないからです。計画が不適切なのでは、いくらその計画を遵守して、計画通りにモノを作っても儲かりません。

例えば在庫が余っていて、作る必要がないモノの製造指示がかかっているかもしれません。作ったのはいいが、受注がなければせっかく作った在庫は売れず、社内滞留して会社として大損しているかもしれないのです。
あるいは、計画の変更が激しく、がんばって残業したり、計画がなくて人や機械が遊んだりしていることが繰り返されれば、計画通りに精算されたからと言って結果的にムダなコストが垂れ流されることになります。残業代が増えますし、手待ち分の労働コストは製造に使われずにムダに捨てられるからです。
このような現場で工程管理がうまくいているからといって、工場マネジメントがうまく行っていない例はいくつもあげられます。みなさんも思いあたる節があるのではないでしょうか。
QCDが優れた工場が儲からず、生産性がいくら高くても赤字を垂れ流し、キャッシュを枯渇させて危機に直面する製造業が存在する。このような例は工程管理にばかりかまけて、生産マネジメントを軽視しているからです。もしくは最初から生産マネジメントというフレームワークを持っていないからなのです。

●広義の生産管理の確立:生産マネジメント

生産マネジメントとは何かを説明していきますが、まず生産マネジメントの目的を述べましょう。

生産マネジメントの目的
:企業競争力の最大化と売上・利益の最大化を実現する生産活動を計画し、統制し、結果を出していくこと

生産マネジメントの目的は、企業競争力の強化と売上・利益の最大化です。そのために、企業が調達するすべてのリソースを適正化していくことが必要になります。具体的には、ヒト・モノ・カネの最適化なのです。ヒト・モノ・カネの最適化は計画的なリソース準備とリソースの使用にほかなりません。適切な計画こそ生産マネジメントの核になるのです。

次に生産マネジメントを定義してみましょう。

生産マネジメントとは
:計画的に生産体制を準備し、リスクに備え、計画通りに製造を実現することで、計画業務がその主要な機能

生産マネジメントで持つべき計画のフレームワークをみてみましょう。まず時間軸で言うと、中長期計画(3年間~それ以上)、年度計画(年度予算)、月次計画、週次計画、小日程計画などになります。
機能軸で考えると、SCM計画と連動したS&OP/PSI計画(生販在計画・仕販在計画)、生産計画、設備能力計画、人員計画、資材所要量計算:MRPになります。
機能軸の計画は時間軸の計画の中に関連づけられます。年度S&OP/PSI計画、年度生産計画、年度設備能力計画、年度人員計画、年度資材所要量計画(計算)といった形だったり、年度の計画を毎月見直す(=ローリングする)として、月次S&OP/PSI計画、月次生産計画、月次設備能力計画、月次人員計画、月次資材所要量計画(計算)といった形だったりします。
計画の流れで言うと、まずS&OP/PSI計画が立案されます。S&OP/PSI計画からは必要な生産要求数が作られます。必要生産数が決まると、それが基準生産計画(MPS:Master Production Schedule)となります。MRP実行のためにこのMPSが需要として取り込まれ、資材所要量計算が行われます。
資材所要量計算の結果、購入品については調達計画がなされ、購買発注に繋がっていきます。資材所要量計算の結果が自社製造品の場合は、計算結果の所要量をうけて、日々の製造品目、数量を決める小日程計画となります。小日程計画が製造順序や設備割り付けのレベルまで詳細化されたものがスケジューリングになります。
小日程計画・スケジューリングは好き勝手に立案できるわけではありません。設備や人は無限に使えるわけではなく、有限の能力=キャパシティしか持ち合わせていません。したがって、小日程計画・スケジューリングを適正に行うには、それ以前設備能力計画、人員計画を行っておきます。


生産計画を満たすために、先行して能力増強を行ったり、人員を増やしたりする必要があります。そのためには適切な生産要求をきちんと提示するS&OP/PSI計画が必要になるのです。
生産マネジメントとはこうした計画の連携を適正に行い、タイムリーに準備しつつ、準備された制約条件を最大限に使い切る計画を立てることが眼目です。その結果、納期を守って安定的に低コストで生産できるような指示が出せるのです。
生産は準備されたリソースと資材の制約下でしか実行できません。準備されたリソースの制約以上にモノを作ることはできないのです。
ムリをすれば残業になったり、納期督促で高コストな空輸をしたり、特別なトラック便を仕立てたり、切替えが増えてしまったりして原価を悪化させます。さらに、業務が不安定になって品質を悪化させるリスクが増大します。
一方、あまりに余裕がある能力計画や資材準備を立案すると、手待ちや不稼働を生み、資材の滞留を生み、ムダな原価を垂れ流すことになります。


結果的に言うと、計画業務が企業の収益を決めているといって過言ではありません。収益の源泉を決めるのは計画です。製造現場の努力は、計画的に準備されたリソースや資材をいかにムダなく、狙った通りに使いきるかといった、実行統制と結果の確認と改善なのです。
工程管理は生産管理で用意された計画の通りに生産活動が行えるように担保することです。そのため、いくら生産統制が効いていても、計画の質が悪ければ多くのムダが生じるのです。計画を適正に作り、その計画がまずければ計画自体を改善していくことが必要です。
しかし、繰り返しになりますが、計画業務は属人化されて個人の表計算ソフトの中に埋没してしまい、業務改善できません。ブラックボックス化してしまえば、組織的な改善も継承も困難です。
工程管理だけでなく、生産マネジメントとしての計画業務を標準化し、システム化して適正な計画を組織横断立案していくために、計画としての生産統制のフレームワークを持たなければなりません


●狭義の生産管理の再確認:工程管理/製造管理

工程管理は日本では相当の書籍もあり、教育・セミナーも星の数ほど開催されているので、あえてここでは詳しく触れません。工程管理は企業によっては製造管理と呼ばれたりします。
工程管理/製造管理はQCDを担保するために統制指示と実績管理を行うProduction Controlのフレームワークです。人的な管理としてはレベルが高い日本の製造業ですが、実は工程管理/製造管理のシステム化も遅れています。紙の指示で製造し、紙で実績収集を行っている企業がほとんどです。
工程管理/製造管理も、再度フレームワークを整理しなおし、人手で管理するのではなくシステム化することが今後必要なのです。

●現場管理としての実績管理と原価管理としての実績管理

計画管理により適正に立案された指示が、指示通り、計画通りに実行されたかどうか実績収集し、評価するのが、実績管理と原価管理です。
実績管理は、指示に従ってターゲット通りの結果を出したかどうかを評価します。従来のQCD管理や生産性評価(稼働率評価や能率評価など)を行います。
一方、作業場の実績を収集しながら、計画どおりの原価で生産できたのかどうかを測定し、評価するのが原価計算です。計画の指示に対して、実績収集で集めた投入資材、仕損、工数×賃率等を積算し、計画指示に直課できない間接費用はルールに従って配賦して原価計算を行います。
原価計算は、計画通りに生産され、その結果原価が狙い取りに維持されたかどうかを評価するものです。いわばヒト・モノの結果をカネに集約し、企業利益として評価するのです。
対で考えると、生産マネジメントの領域は計画管理と原価管理の対、生産統制としての領域は、工程管理/製造管理と実績管理の対なのです。

●生産マネジメントとしてのPDCAの再構築

日本の製造業はQCの影響を強く受けています。管理といえば生産統制の領域、工程管理/製造管理と実績管理の一対が重視されます。しかし、計画管理と原価管理の一対は、属人化し、表計算ソフトの山になっていて、一部の人しか業務を知りませんし、下手をするとデータを集計するだけで精いっぱいで、原価や計画から仕事の仕方を改善する手立て出てこない状況に陥っているかもしれません。
製造業の収益性を決めているのは計画であり、その結果の原価計算なのですから、現場の実績管理のPDCAだけでなく、計画-と原価計算によるPDCAマネジメントの管理サイクルの再構築が必要なのです。

第五回 需要管理の再構築とマーケットと連動した生産管理 はこちら

【ライタープロフィール】

石川 和幸

経営コンサルタント

早稲田大学政治経済学部政治学科卒、筑波大学大学院経営学修士。能率協会コンサルティング、アンダーセン・コンサルティング(現、アクセンチュア)、日本総合研究所などを経て、サステナビリティ・コンサルティングを設立。専門は、ビジネスモデル構想、SCM構築・導入、ERP構築・導入、アウトソーシング導入、管理指標導入、プロジェクトマネジメントなど。 著書に『図解 SCMのすべてがわかる本』『図解 生産管理のすべてがわかる本』『在庫マネジメントの基本』(以上、日本実業出版社)、『思考のボトルネックを解除しよう!』、『見える化仕事術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『なぜ日本の製造業はもうからないのか』(東洋経済新報社)、『エンジニアが学ぶ物流システムの「知識」と「技術」』(翔泳社)、『アウトソーシングの正しい導入マニュアル』『図解 工場のしくみが面白いほどわかる本』(中経出版)など多数。

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